棟方志功「欄前花覆地図」
ダイナミックな造形美、みなぎるばかりの生命力。「世界のムナカタ」と称される棟方志功の作品には、骨太で力強い「独創」の世界があります。

ダイナミックな造形美、みなぎるばかりの生命力。「世界のムナカタ」と称される棟方志功の作品には、骨太で力強い「独創」の世界があります。

棟方志功(むなかた ・しこう)1903〜1975
明治36年、青森県で刀鍛冶職人の三男として生まれる。少年時代にフィンセント・ファ ン・ゴッホの絵画に出会い感動し、「ゴッホになる」と芸術家を目指す。大正13年上京、 生命力、躍動感に溢れた力強い傑作を数多く生み出した。昭和17年以降、版画を「版」 ではなく「板」と書いて「板画(はんが)」と称した。それは板の性質をちゃんと使 うためであり、版だとそれを半分にしていることになるからだという。以降、木版の 特徴を生かした作品を一貫して作り続ける。昭和31年ヴェネチア・ビエンナーレ国際美 術展に「湧然する女者達々[1][2]」などを出品し、日本人として版画部門で初の国際 版画大賞を受賞。棟方の肉筆画作品は「倭画」と言われ、国内外で板画と同様に評価 を受けている。大変な近視の為に眼鏡が板に付く程に顔を近づけ、軍艦マーチを口ず さみながら板画を彫った。第二次世界大戦中、富山県に疎開して浄土真宗にふれ、 『阿弥陀如来像』『蓮如上人の柵』『御二河白道図』『我建超世願』『必至無上道』 など仏を題材にした作品が特に有名。 昭和44年2月17日、青森市から名誉市民賞を授与され、翌年には文化勲章を受章する。 従三位。「アイシテモ愛しきれない オドロイテモ驚ききれない ヨロコンデモ喜び きれない カナシンデモ悲しみきれない それが版画です。」と、志功は語っている。